■ 登場人物
小泉純一郎首相、竹中平蔵経済財政相、麻生太郎総務相、安部晋三自民党幹事長、冬柴鉄三公明党幹事長、亀井久興郵政事業懇話会幹事長、生田正治郵政公社総裁、額田福志郎自民党政調会長 その他大勢
第一幕 郵政公社頑張る
場面: 2004年9月3日 政府・与党会合
純一郎「反対している奴は一年も二年も前から反対している。そんなに嫌なら、先ず俺の首を切ればいい。」
晋三「・・・」
鉄三「・・・」
幹雄(独白)「それは正論。だけど小泉を支持したといっても政策を支持した訳じゃない。選挙の顔として利用しただけさ。政府の政策が気に入らなければ、参議院で骨抜きにするだけだよ。」
場面: 2004年9月7日 政府・与党会合
福志郎「昨秋のマニフェストも、秋までに結論を得ると書いてある。だから努力している。」
純一郎(色をなして)「総裁選で公約に掲げ、選挙もそれで戦った。民営化は決まっている。」
幹雄「あなたの顔を立てようと額田君も頑張っているのだから。」ととりなす。
純一郎「それなら政府と一緒に議論して欲しい。」
純一郎「07年分社化で、どうしても議論をとりまとめたい。」
正治「分社化するためのシステム開発が間に合わない。経営者の良心として、できないことはできない。」(独白)「無茶いうなあ。余り無茶いうと辞表を出すぞ。」
純一郎「それではどこか信頼のおけるシステム会社に入ってもらって、どのくらいかかるか、第三者的に見てもらうのはどうか。」
平蔵「それで行きましょう」(独白)「できないものはできないよなあ。」
太郎(独白)「民営化当初は単一会社にして置かなきゃうまくいかないよな。」
久興「閣議決定は行政府がやること。党がそれ以上いうことはない。」
かくて2004年9月10日 郵政民営化基本方針閣議決定。
システム開発が間に合えば、07年4月に民営化。当初から純粋持株会社の下に郵便・貯金・保険・窓口ネットワークの4事業を分社化。
正治(独白)「さあ今の内だ。完全民営化になる前に業容を拡大して置かなくちゃ。なにしろ郵便事業は5500億円もの累積債務を抱えているのだから、少しでも稼ぐようにしなくてはな。先ずは小包だね。ローソンと提携してクロネコヤマトをやっつけちゃえ。
民間生保のドル箱商品である定期付き終身保険も売り出さなくちゃ。生保業界に遠慮なんかしていられるか。」
記者「ローソンとの宅配事業提携は、これまで民間会社が役所と闘いながら営々と築いてきたノウハウを横取りし、その収益源を奪う民業圧迫ではないか?」
正治「宅配事業についていえば、クロネコヤマトさんを横綱とすれば、うちは十両くらいのもので、民業圧迫には当たりません。」(独白)「今の内ならまだ税金を払う必要もないから、クロネコより安くできるよ。赤い郵便車は立入禁止や駐車禁止の場所にも入っていけるからな。はっはっは。10月からはゴルフバッグやスキーも運べるようにしようっと。」
第二幕 本会議で辛うじて可決
場面: 2005年1月 通常国会所信表明演説
純一郎「明治以来100年以上続いた国営の郵政事業が、ここに民営化されます。『民でできることは民で』を合い言葉に、2007年4月から郵便会社、郵便貯金銀行、郵便保険会社、ユーネット会社が、純粋持株会社の下で民営化されます。数年前まで誰がこのようなことを予想したでしょうか。」
(自民党席から激しいヤジ)「法案は通らないぞ」「自己陶酔もいい加減にしろ」
場面: 郵政民営化特別委員会
委員1「郵便事業では利潤追求が優先されると、山奥や離れ小島ではサービスができなくなるのではないか。」
純一郎「だから全国一律サービスを法律で義務づけた。」
委員1「しかしそうなれば当然コスト高になり、今でさえ赤字の郵便事業が成り立つのか。一律サービスという普通の民間会社にはない義務を課すことと、民間会社として競争することとは両立しないのではないか。」
純一郎「だから窓口を担当するユーネット会社には、郵便以外にコンビニ、旅行代理店、チケット販売、介護業務などへ業容を拡大する道を開いた。」
委員1「そうなって田舎の郵便局がコンビニを経営したら、爺ちゃん・婆ちゃんが細々と続けてきた小売店が成り立たなくなる。25000もある郵便局が旅行代理店になったら、それこそ民間の中小旅行会社は倒産するだろう。民営化といっても07年段階では政府が100%株式を保有している。この段階ではまさに国営である。この移行期間になぜ国をバックに持つマンモス会社が、民業を圧迫するような道を開くのか。これでは民営化どころか、官業拡大化ではないか。民営化しなければならない理由が全く分からない。首相は『郵政を民営化した小泉』という名前だけが欲しいのではないか?」
委員2「郵政事業を3分割し、別に窓口ネットワーク会社をつくるというが、郵便事業だけはユニバーサルサービスを維持することになっている。そうなれば僻地にある郵便局はどうなるのか。」
純一郎「それは民営化された会社が考えることであるが、ユニバーサルサービスを維持するといっても、集配業務をしていない局も多いのである程度は整理されることもあるだろう。」
委員2「山間僻地や離れ小島などの郵便局が廃止された場合、年金の受け取りや貯金の窓口がなくなってしまうわけで、年寄りなど非常に困る人が出てくる。要は税金を使ってでもそのようなユニバーサルサービスを維持するのか、あくまでも経済原則で割り切るのかの選択であって、民営化するというのは後者を選択したということか?」
純一郎「困る人がなるべく出ないように、会社に考えてもらうしかない。」
委員2「特定局では4-5人でやっているところが多いが、4分割されたらそれぞれに仕事を分けるのか?」
純一郎「専門的なことなので副大臣に答えてもらいます。」
委員2「総理!自分で答えて下さい。ソーリ! ソーリ! ソーリ!」
委員3「本来郵政改革の目的というか、原点は、郵便よりも郵貯と簡保という官営の金融機関が、国民資産の1/4を集めて、それをすべて国が使っているといういびつな金の流れを正すことにあったはずである。それなら郵貯も簡保も廃止することが筋である。『民でやれることは民で』といいながら、なぜ巨大な金融機関を存続させるのか?」
純一郎「350兆円もかかえた金融機関をいっきょに廃止するなどとてもできない。25000局の全国ネットワークを活用することは、国民のためにもいいことである。」
委員3「それなら郵政公社で何故駄目なのか?公社のままなら郵貯の1000万円の限度額を徐々に引き下げて、10年くらいかけて安楽死させることもできるのではないか? 法案では預け入れ限度額を当面維持するとなっていて、時期を見て限度額を撤廃するのではないか?そうなれば巨大な官業が生き残ることになる。これでは何のための改革か分からなくなる。」
純一郎「官業、官業といわれるが民営化するんですよ。民間会社が発展するように努力して何が悪いのですか。」
委員3「集めた金を財務省がこれまで通り、自分のいいように使うことになるのか? 集めた金の大半は財投を通じて悪名高い公社や特殊法人に流され、また国債に流れている。この出口をどうするかをはっきりさせなければ民営化のメリットは理解できない。」
純一郎「そういう金の流れがあったからこそ改革が必要なのだ。この出口を絞ったら、今までなかなか進まなかった特殊法人改革も自動的に進むだろう。」
委員3「それではその出口を絞った分は、民間貸し出しに回すのか? そうなれば地方銀行や信金・信組などは、ガリバーに挑む小人と同じだ。たちまち追い込まれるだろう。」
委員4「民間会社ということになれば、郵貯銀行も当然財務の公開が求められる。一体いままでの公社や特殊法人などへの貸付はどれくらい焦げ付いているのか?一説によるとその不良債権は、民間金融機関が抱えていた不良債権より多いともいう。その不良債権の処理は税金でまかなうしかないが、ただでさえ大赤字の財政で何十兆円もの金をつぎ込めるはずがない。どうする積もりか?」
純一郎「確かに大問題だが、これはかつての国鉄の赤字の処理が参考になるだろう。」
委員4「旧国鉄の債務の内、国の負担の約22兆円は棚上げされたままである。その金利負担で年々その残高は膨らみ続け28兆円に達している。郵政でもっと大きい額の棚上げとなれば、将来の国民にツケを回すことになる。こんなことが許されるのか。一体その責任は誰がとるのか?」
審議はすれ違いばかりで、例によって強行採決となり、委員会では賛成多数で法案は通過した。ところが本会議では自民党の中から造反者が出てきわどい採決となったが、辛うじて可決された。
第三幕 4民間会社発足と破綻
07年4月1日 民間会社という名の100%国営モンスター企業ができた。
郵便会社は8000億円の超過債務を消すための援助を郵貯から受けて、ひとまず身ぎれいになった。しかしその後も採算は好転せず、全国25000の局の整理に大鉈を振るい、ドイツに倣って約1万局が廃止されることになった。残った局はそれぞれの立地条件に従って、コンビニ、旅行業、宅配、介護業などに進出した。官業で育ってきた社員では、思うように業績は伸びなかったが、それでも図体の大きさで、田舎の小さな雑貨商は成り立たなくなった。地方の中小旅行業者は相次いで倒産した。先に中国に進出していた大手物流会社も、中国の大手物流会社と提携した郵便会社との競争で四苦八苦である。
ユニバーサルサービスが法律で義務づけられる一方、信書の独占は続いたので、山間僻地にも郵便物は配達されたが、配達回数は減って田舎では非常に不便になった。
郵便保険会社は、民間生保が束になっても叶わないほどの資産を抱えて発足した。しかし過去の運用から生じていた不良資産は、旧国鉄の場合と同じように、特別勘定として棚上げされ、その3割だけを今後50年かけて新会社が返済していくことになった。すでに進出していた定期付き終身保険はもちろん、投資信託の販売も始めたが、殿様商売の経験しかなかった郵政公社のセールスでは苦戦を強いられた。郵政公社が保有していた国債の3割を引き継いだが、国債発行の激増が続いて、新規国債の買い手がなくなった結果の長期金利上昇、国債価格暴落で、大きな評価損を抱えることになった。
官業時代には簡保事業で免除されていた租税・保険契約者保護機構への上乗せ負担は、93年度からの10年間で2兆5000億円にも及んでいたが、民営化と同時にこの負担が加わり、郵便保険会社の経営を圧迫した。同時に郵便保険会社の参入で、ただでさえ縮小傾向であった生保市場は混乱をきたし、中小生保会社の経営は再び危機に瀕した。
しかし最も悲惨だったのは郵貯銀行である。官業時代、免除されていた事業税・固定資産税・印紙税等が1300億円、法人税・住民税が6000億円、保菌保険料が2000億円、合計1兆円近くの負担が一挙にのしかかってきた。国際業務も手がける民間銀行が、自己資本8%以上というBIS規制を受け、国内業務だけを行う銀行でも同4%以上の自己資本を確保しなければならないのに、洗い出された不良債権を考慮すると、郵貯銀行の自己資本は僅か0.3%しかなかった。
しかし資金の供給を絞られた道路公団、国民金融金庫などの特殊法人、第3セクターは次々に破綻した。小泉首相が躍起になっても合理化できなかった特殊法人が、このお陰で一挙に整理された。しかしそのあおりで郵貯銀行の不良資産は、発足早々から増え続けた。もちろん失業者は激増した。
この窮状を打開するため、政府は郵貯銀行に民間融資を認めることにした。これは地方銀行・信金・信組に大打撃を与え、これも次々に破綻した。再び90年代以上の金融不安が始まった。すでにペイオフは解禁されていたので、各地で取り付け騒ぎが起こった。2011年11月、ついに郵貯銀行は整理回収機構に移されることになった。
こうして郵貯銀行は再び国有化された。そしてそれはかつての長銀と同じ運命をたどった。しかも5兆円の国民負担となった長銀とは比較にならない規模で。すなわちグローバル・メトロポリタン・ホールディングスという禿鷹ファンドに僅か30億円で買い取られた。しかも買い取り条件に瑕疵担保条項がついていたので、同ファンドに支配されていたネオ新生銀行は、融資先の特殊法人を次々に破綻させ、その負債を日本政府に肩代わりさせた。こうして100年以上にわたって国営銀行に蓄積されていた、240兆円もの日本国民の資産は、ただ同然で外資の手に渡ってしまった。
今まで先送り、先送りで棚上げされてきた公的負債が、ここにいたって隠しおおせなくなり、すべて巨大増税という形で一挙に国民の肩にのしかかった。当然経済は恐慌状態に陥り、円は1ドル250円に暴落し、輸入品を中心にハイパーインフレが始まった。このインフレのお陰で、最大の債務者であった政府の負担は大きく軽減されたが、1400兆円といわれていた日本国民の個人資産の価値は十分の一に下落した。国民の生活水準は1960年代に逆戻りをした。
現役時代、「人生色々」と迷言を吐いた元首相だけは、議員年金の他に、仕事もしないのに不当にも加入していた厚生年金ももらって、悠々自適の老後を送ったとさ。めでたし、めでたし。
―幕―
(2004.09.25)