窒素ラヂカルの『正論・暴論』

NHK番組への政治介入問題の本質
―これは安部晋三による二重の言論弾圧だ―
Uploaded 2005.01.17
 

自民党・政府要人が番組の内容に事前に介入していたという、NHK職員の内部告発に端を発した問題で、双方の言い分が真っ向から対立している。01年1月30日、教育テレビで放送の、「戦争をどう裁くか」4回シリーズの第2回、「問われる戦時性暴力」がその番組である。告発された安部晋三自民党副幹事長の3回にわたるテレビ出演で、ことの本質がかなり明らかになってきた。

この番組は00年12月に東京での、旧日本軍慰安婦問題の責任者を裁く市民団体が主催した「女性国際戦犯法廷」を素材にしたものである。内部告発したのはその番組の担当者、番組制作局の長井暁チーフプロジューサー。13日、内部告発者としては異例の実名会見を開いた。彼によると、番組を企画した下請け会社の視点が、民衆法廷の主催者団体に近かったため、「戦争を裁くことの難しさ」や歴史的な位 置づけ、客観性の必要を強調して現場をとりまとめてきたという。(下請け会社の立場からは全く逆の見解も示されている。テレビ朝日、サンデープロジェクト、1月16日、及びドキュメンタリー・ジャパンのHP


1月19日、試写を観たNHKの吉岡担当部長は、内容が「法廷」の立場に余りにも近すぎるとして修正を要求した。その時、判決が出たときの場内の異常な興奮状態を示すシーンはカットされた。さらに24日にも更なる修正を要求し、天皇が有罪とされたシーンも消された。こうして28日にはNHKとしての最終修正が終わった。 ところが放送前日の29日に、当時の松尾武・放送総局長と野島直樹・担当局長等が安倍晋三官房副長官(現自民党副幹事長)に会見し、NHK予算について説明した。(こういう説明は与野党に行うのが通 例になっているという)。安倍氏によると、そのついでに当該番組についての説明があった。安倍氏は「公平・公正にやって下さいよ」と要望しただけという。

この問題を12日付の朝日新聞が報じた後、安倍氏は、13日の報道ステーション、16日のフジテレビ「報道2001」、テレビ朝日「サンデープロジェクト」に相次いで出演し、次のように主張した。「長井氏の主張はすべて『らしい』という憶測に基づいたものばかりである。NHK幹部の方から、予算案の説明のために来たものであって、呼びつけた事実はない。その際に当該番組についてNHKの方から説明されたものである。自分は「公平・公正にやって下さい」といっただけである。」

しかし事実としてNHKは、その夜、局長達がさらに改変を求め、3分間の場面 をカットさせ、44分の番組は40分という異例の形で30日に放送された。この29日の再改訂の事はNHKが全く認めていない事実である。長井氏が言うように、安倍氏の意図がどうであれ、その意をくんだ局長達が、更なる内容変更を命じたと見られても仕方があるまい。

そしてもっと不思議なことは、そして上記安倍出演のテレビ番組で、どのキャスターも一度も質問しなかった点である。すなわち、特定の番組について、NHKは何故安倍氏に説明しなければならなかったのかという点である。これは安倍氏も認めているように、この番組の内容については、早くから政界で「とんでもない内容だ」という意味で話題になっていた。

かつて窒素ラヂカル子が「山本一太・世耕弘成両議員の『闘論』を聴いて ―政府による情報操作はまっぴらだ―」で書いたように、メディアの流す情報を綿密にチェックしている政府・自民党が、この番組を何とかしようと意図していたことは十分考えられる。それが、様々なルートを通 じてNHKに伝えられ、幹部に「圧力」と感じられていたことは大いにあり得ることである。安倍氏や中川氏が直接NHKに圧力をかける必要はない。誰かが「安倍さんが怒っているよ」と耳打ちするだけで十分である。

その「圧力」があったが故に、NHK内部で繰り返し編集のやり直しがされ、その後で予算説明の責任者でもない放送総局長までもが安倍氏の下に赴いて説明したのであろう。その説明でも恐らく納得しなかった安倍氏の意向を踏まえて、放送前夜にまたあわてて3分間のカットをしたというのが真相に一番近いのではないか。だから安倍氏や中川氏は、朝日新聞によって名誉を傷つけられたと息巻いているが、それはいわば末梢的なことであって、事実上番組の内容に介入したという核心部分では報道の誤りはないだろう。

サンデープロジェクトでコメンテータとして出席していた朝日新聞の星浩編集委員が、「NHKが番組について政治家にお伺い立てること自体が異常だとは思いませんか?」と質問したのに対し、安倍氏は答えず、全く本質的でない下に述べるような朝日攻撃の発言を繰り返した。似たような田原総一郎の質問にも、答えをはぐらかした。明らかに「政治介入」を悪いこととは思っていないし、この点が彼の最大の弱点なのである。

(実はこれにからむ問題は、裁判にまで持ち込まれている。この「法廷」を主催したVAWW-NET(バウネット)ジャパンが、NHK、その下請けのNHKエンタープライズ、孫請けとして番組の制作を行ったドキュメンタリジャパン(DJ)を相手取って、番組の内容が最初の契約に反して改変されたとして、裁判に訴えていたのである。元慰安婦や旧日本軍加害兵士の証言がカットされたこと、天皇が婦女暴行の罪に関して有罪とされたこと、「法廷」に批判的な学者のインタビューが加えられたことなどを不服としている。

これに対して、東京地裁は04年3月24日、「番組内容は当初の企画と相当乖離しており、取材される側の信頼を侵害した」ことを認定したものの、取材依頼したDJにのみ100万円の賠償支払いを命じた。NHKに対しては「番組編集の自由」を理由に免責した。バウネットは判決を不服として控訴中である。原告側はNHKの関係者、中川・安倍両議員など6人を証人申請した。今月17に結審予定の延期も求めている。)

もっと重大なことは、安倍氏が、政治介入問題とは直接関係のない次のような(安倍氏にとっての)事実と憶測を明らかにしたことである。「その模擬法廷は弁護士もおらず、一方的に判決を下したひどい内容で、それに検事役を務めたのは、日朝首脳会談で通 訳を務めた北朝鮮の黄虎男氏である。彼は北朝鮮の工作員でもある。この法廷の主催者は元朝日新聞の記者である。また告発者の長井氏の会見時、その側にいた弁護士は朝日新聞の顧問弁護士である。」「4年もたった今になって何故これが問題なってきたかというと、北朝鮮は被害者であるという立場で拉致問題を収束させたい朝日が、北朝鮮強硬派の私と中川氏を狙って仕組んだ陰謀である。」そして朝日の記事は「捏造」であると何回も強調した。

これらは驚くべき発言である。すなわち問題になっている「政治介入があったかどうか」と離れて、今北朝鮮への国民の怒りが盛り上がっている時期を狙って、テレビという極めて影響の大きいメディアを通 じ、自分にとって不都合な新聞と北朝鮮とが、いかにも繋がりがあるかのように国民に印象づけることを意図したとしか思えない。現役の有力政治家として、言っていいことと悪いこととがあるということさえわからない人間なのだろうか。

次の首相として最も有力という説もあり、まさに権力の中枢にある人物が、言論の自由を担うれっきとした大新聞を、ここまで「誹謗中傷」することが許されるだろうか。これは明らかに、権力者にとって都合の悪いメディアを追い落とすための意図的な発言だといわれても仕方がない。安部晋三自民党副幹事長はNHKを意のままにし、朝日を抹殺することによって、二重に言論の自由を蹂躙しようとしている。こんな体質の政治家が、次代を担うというのであれば、日本の将来は暗澹たるのものになるだろう。これに対して朝日が何の対応もしないのであれば、メディアがこぞって御用機関に成り下がり、NHKが大本営発表機関としての役割を演じた戦前・戦中の二の舞になるだろう。

安倍氏がメディアに登場して発言するときの常套手段は、「政治のわからない学者の無責任な発言」とか、報道ステーションで、コメンテータの加藤千洋氏に「恐らく、加藤さんには窺い知れない世界だと思います。それだけ加藤さん、もしかしたら精通 しておられないと思うんですが、北朝鮮という国はですね」とか、相手より政治家たる俺の方が情報通 で、確かな判断をしている、あんた達は黙んなさいといわんばかりの高圧的な態度を取ることである。実に鼻持ちならない。こんな人物に「意見」をいわれたNHKが怯まないはずはない。

(念のために付け加えると、「法廷」を主催したバウネットジャパンは、一つの平和運動団体であって、その「法廷」には欧米人を含む多くの人が裁判官、検事として参加しており、何も北朝鮮の回し者ではない。主催者であった松井やより氏は、確かに元朝日新聞記者であるが、2年前に病死している。)

もう一つ不可解なのは、NHKが04年9月に整備した、「コンプライアンス(法令順守)通 報制度」を利用して、長井氏が昨年12月9日に内部告発したのに対し、NHKは1ヶ月間、何の対応も取らなかったことである。NHK幹部にとって、対応を取るにとれなかったというのが真相であろう。

一連の不祥事を受けて、海老沢会長も事実上引責辞任すると見られているにもかかわらず、何も体質は変わっていないという危機感を抱いた長井氏が、意を決して実名会見を開いたものと思われる。実際問題、彼個人にとって、顔をテレビの前にさらして会見するメリットは何もない。「私にも妻子がおり、路頭に迷わせるわけにはいかないので、4年間悩んできました。しかしやはり真実を述べる義務があると決断するに到りました。」と涙ながらに訴えた気持ちに偽りがあるとは思えない。

安倍氏は「長井さんは憶測でものを言うのではなく、いつ、誰が、どこで何を言ったかを証明しなければ、謝罪してもらわなければならない」と主張するが、直接安倍氏に会ったわけではなく、上司から伝えられて番組改編を命じられただけの長井氏にとっては酷な話である。真相解明の鍵は、当時の放送総局長であった松尾武氏が真実を語ることである。テレビ朝日が車に乗り込む松尾氏を捕まえて聞いたところ、彼は「NHKと相談して、機会が来たらちゃんと話します」と答えている。ぜひ国会で証人喚問をして欲しい。NHKには改変前の番組と、改変後の番組を放送し、その後支持・反対両派の大討論会を開いてもらいたいものだ。

もう一人の中川昭一「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」会長(現経産相)も、「内容に偏りがある」「公平で客観的な番組にするように」などと発言したといわれている。一旦は「NHK側があれこれ直すと説明し、それでもやるというから『やめてしまえ』と言った」と認めていながら、翌日になって、NHKの人と会ったのは放送後の2月2日だったと訂正した。

この二人の政治家は名うての右派で、戦前の日本は何も悪いことをしていないという思想の持ち主である。彼らにとって、慰安婦問題など無かったといいたいのだろうが、あったのは事実である。戦時小学生高学年であった筆者にさえ、その話は伝わってきた。中国人の首を切るときは、皮一枚残して切るのが一番うまいやり方だという話も聞いた。

確かに戦後までも、日本には公娼制度が残っており、そこには貧困のために売られてきた女性が身をやつしていた。小学校で毎月揃って神社に参拝する帰り道、これら「女郎」達が揃って神社参りをしているのにすれ違った。子供達はノスカイ(北原白秋の詩にも出てくる方言)だとささやき合っていた。そんな時代だから、軍隊に「慰安所」があっても不思議ではなかったであろう。

しかし慰安婦とされた被害者がいることは事実であって、こんなことに目をつぶっても始まらないのである。悪行は悪行として認めて反省した上でこそ、他人はその人を認めてくれる。そんな反省をする勇気もない人や国に、誰が敬意を払うものか。「自虐史観はけしからん」という人こそ、自らの人格をおとしめ自虐に陥っていることがわからないのか。愚かなる人種どもよ。

ここまで言論圧迫の動きが露骨になってきた以上、一日も早く政権交代を図りたいものだ。          

(2005.1.17)

<< Index