衒学者の回廊/園丁の今の言の葉

*「宗教」への補足(あるいは長い脚註)

July 24, 2003
 
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「宗教」は、その影響が大きいものであるほど、歴史的に政治や権力と二人三脚でその力を伸ばしてきた。つまり、かつて政治の多くは宗教組織の権威付けなしには機能しなかったし、宗教組織も権力者にとって政治的な利用価値がなければ生き残ることはできなかった。政治権力だけが俗悪で「罪深いもの」あったのではなく、宗教組織そのものが人間が人間として生身の肉体として生きることを可能にする機構でなければならなかった。他のどのような人間の組織もそうであるのと同様に。つまり、「宗教」というのはそれが影響力を持ち始めて以来、政治権力とその地位を互いに支え合う共犯関係にあったわけである(それは、ローマ・カトリックと各国の王家、天皇家と将軍家、天皇家と日本国政府などに等しく見られる図式である)。これが教会などを含む人間の組織としての「宗教」である。こうした「宗教」は、その規模の大小に関わらず、多くの時代を通して真の信仰とは関わりなく、あるいは別の場面では無条件・無批判な個人の「信仰」心をむしろ最大限に利用して、それ自体が恐怖の権力装置として機能してきた面がある。われわれの知っているメジャー「宗教」の大本山と言われるような寺院や礼拝堂を観てみれば、特にこうした多くのことが分かる。

教会や社寺が隆盛を窮めた当時、最高と言われる美術品をどれだけ収集し、またどれだけ最新技術の粋を集めた建築物(それは大変な労力と資金が支えている)などで成り立っているかを考えれば、極端な富の偏在を可能にした教会・社寺の権力機構が、どのように機能したのかが手に取るように分かる。それは洋の東西を問わず、あらゆる時代に行われてきた人類の傾向である。われわれは確かに、幸運なことにそれらを歴史的遺産として客観的に「観賞」できる立場にいることとなった。

時代が変わったことで、われわれはそうした高価な美術品や壮大な建築物の中に込められた美を味わい、さらには象徴的メッセージさえ遠慮なく読み解くことのできる立場にいる。そして読み解くばかりでなく、それを別の形の表現形式に置き換えて後世に伝える選択肢さえ持っている。その点で言うと、権力の集中や富の偏在こそがさらなる金や知識(技術的ノウハウや秘教的知識を含む)の集中をもたらしたし、そうしたかつての時代の不幸を批判できる立場にわれわれはいないではないか、と言うことすらできるだろう。しかし、そうした作品はわれわれが権力集中の時代に相変わらず生きているとすれば、未だにわれわれが味わうことのできない他人の特権でしかなかったはずなのである。

ところが、われわれが今日ヴァチカンのシスティーヌ・チャペルを訪れカトリックの宝物の数々を観賞したり、延暦寺の宝物殿で天台密教の美術品を拝観したりすることが出来るのは、どう考えても当時の宗教権力者が同じ地位にもはや居座っていないからだ。美術・建築の創造を宗教が実現したと言うのが部分的に正しいとしても、それらがもはや特権的な人々だけの財産でなくなってきているのは、宗教の時代の後にやってきた新しい時代のお陰である。それは絶対的権力に対する闘争を通じて勝ち取られた時代なのである。われわれはそうした宗教的作品を、いまや人類の作りだした重大なメッセージとして受け取ることができる。しかし、それを可能にしたのが教会・社寺と言った具体的な人間の組織(「宗教」)に結びついた暴力的な政治権力と抑圧され搾取される側の税・献金・お布施などなどによって賄われていた、という事実を忘れて良いことにならないのである。

われわれはむしろ、だからこそ、それらを倉庫に埋もれさせるのではなく、どん欲に観賞しわれわれの生活の中にフィードバックしてこなければいけない。とりわけ、宗教や信仰の本質的な意味を垣間見させる作品からその部分を読みとり、精神生活の中に真の信仰をよみがえらせるための道具として利用されなければならない。それはどちらかと言えば徴収された財産の一般人への還元を意味し、それを成すことはこの幸福(で不幸)な時代を生きるわれわれの義務なのである。そしてそうした作品を読み解くことはそれら作品を実現するために貧困のうちに死んでいった一般民衆達のための供養であり鎮魂(レクイエム)献納なのである。人の手や天然の資源を利用して一度作られたものは、それが道具であっても美術品であっても容易に破壊することは罪なのである。廃仏毀釈や偶像崇拝禁止などの理由による既存の美術品の破壊(イコノクラスト)というのは、われわれのするべきことの全く逆の方向なのだ。一度失われたアートは取り返すことが出来ない。


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