衒学者の回廊/園丁の言の葉:2004

われわれの中の「永遠に西洋的なもの」(2)

April 4 - June 3, 2004
 
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それに、ユダヤの文化というのは、どういう扱いになるんでしょう? もし、「西洋」が「キリスト教文明圏」であるというのが本当なら、ヨーロッパのユダヤ人はキリスト教文明圏に属すると言えるわけです。「ユダヤ=キリスト教文明」などとひと括りにされることもよくありますが、ユダヤ人ほど「自分たちが非キリスト教的である」と自覚している人々も少ないでしょう。もし、旧約聖書を以て、ユダヤとキリスト教を「ユダヤ=キリスト教文明」などとひとつのグループに入れられるのであれば、イスラム教を忘れるのはおかしなことです。共通の教典をベースに、いずれもその歴史をスタートしているからです。なぜ、「ユダヤ=キリスト=イスラム教文明圏」と言わないのでしょう? もし、これがひとつの“文明圏”に属するとすれば、キリスト教圏とイスラム教圏の間の「文明の衝突」というのは、同じ“文明圏”内の内輪の衝突と言うことになるんでしょうか?

多くの方々の批判するヨーロッパ文明というものは、われわれが知っている以上に多様であることは、あきらかです。

われわれにとっての、安易な批判の対象としての「西洋」というものは、実は、「東欧、中欧、北欧、バルカン半島の一部のイスラム教徒、ヨーロッパ全体に見出されるすべてのユダヤ人、カトリック教に帰依するいわゆるラテン人、キリスト教化されていないケルト系、そしてバスク、カタルニアなどのありとあらゆる少数民族を除く人々の住むユーラシア大陸西端域」とでもなるのだろうか? もちろん、こんなナンセンスな定義をしたところで、それをベースに一体どんな主張ができるのか、私には分かりません。主張というものは、ある程度の単純化や偏見をベースにしないと成り立たないものだからです。

インド哲学のフランス人研究家で、神秘思想に傾倒し、晩年はイスラム教に帰依し、学究の途上、エジプトで死んだルネ・ゲノンは、独特の、しかも信頼に値すると思われる「東洋論」を持っていました。彼は、東洋というものが積極的に定義できないものである、と考えたのでした。つまり、西洋というある「明確な概念」に対立するものとしてしか、共通の「東洋」という概念は定義できない、とする立場を採ったのです。言い換えれば「東洋」=「非西洋」ということです。

そしてゲノンは、「西洋」とは何かということに、独自の、しかも明確な説明を加えていきます。その西洋に対する定義は、地理的な場所にあまり縛られることのない、むしろある種の“精神的傾向”を保持した人間集団を示唆するものでした。ここではその詳細に立ち入りませんが、単純化すると、「西洋」とは、今日的世界の支配的な地位にいる人々のグループと、彼らの属する国(民族)と言うことになりましょうか。政治的な定義です。もちろんゲノン自身は政治的な発言をしていたというよりは、失われていく非西洋的な精神を嘆いたのであって、彼の関心というのはあくまでも世界中の多様な精神文化にあったわけです。

ルネ・ゲノンの中では、「西洋」とは、おそらく大英帝国を運営した経済人・政治家のグループであり、また、のちに“新大陸”において新興国家を築き、世界への支配的影響を強めるだろうと予想された人々のグループだったわけです。そして、それ以外の人々は「非西洋」であるとし、「非西洋」的なものが、すなわち「東洋」であると便宜的に断定したのです。そして、このように消極的にしか定義しようのない「東洋」というのは、実は、世界の大多数(マジョリティ)ではあるが、ゆっくりと、しかし確実に滅んでいく人間のグループのことである、と言っていたわけです。

つまり、「西洋的なものを除く、あらゆる多様な文化を含むものである」という前提に立って「東洋」を捉えていた。その方法によれば、ヨーロッパの大半さえ、ルネ・ゲノンが生きていた当時、あまり「西洋化」されていなかったのかも知れず、また、インド、中国、そして東アジアもすべて「非西洋」という意味で「東洋」と考えられたわけです。

ルネ・ゲノンの「東洋観」というのは、それだけ多様なものを包含することができた。しかも、彼の言うところの「東洋」とは、くり返すように、極めて政治的な思想を反映したものだったわけです。

ゲノンの思想によれば、「西洋というある明確な概念」というのは、今まさに世界の覇権を目指して積極的に軍事行動を起こし、世界中を戦渦に巻き込もうとしている超大国のリーダーが好んで使うフレーズ、「悪の枢軸」というのに似た概念とも言えます。「悪の枢軸」と名指しされる側が、実は、自分たちのアイデンティティの危機に対峙して、初めて自分たちを滅ぼす脅威としての「悪の連合」を見たのであり、おそらく、ほとんどの良心的なイスラム教徒達が見ているであろう「西洋観」がゲノンの言葉に集約されていたとも言えるわけです。

世界を近代化し、“合理的な(資本家中心の)経済運営”を強制し、ひとつの経済のルールに従ってあらゆる生活者を競争に無条件に参加するよう駆り立て、ほとんどの場合、労働力を搾取者に提供させるという、グローバル資本主義経済の旗手、その留めることのできない勢いを持つ影響力で、時間とともに加速度的に力を付けていき、その影響下にあるひとびとも、かつての時代へ大災厄なしに後戻りできないであろう...ということを百年前から予測していたのがルネ・ゲノンです。彼は極めて自覚的な「反近代主義」者だったわけです。おそらく彼の思想は、今日の反グローバル運動の活動家達の考えにも共通するものがあるはずです。

つづく(いつ再開できることやら)

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