衒学者の回廊/園丁の言の葉:2004

われわれは盗まれている

August 13, 2004
 
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年金に頼る人生設計の是非、についてはこの際あえて論じない。本論旨は、この問題に関係がない。厚生年金は国家が世代間扶助の理想と約束の下に、国民からのお金を預かって、時期が来れば必要なひとに必要なだけ分配する、という至ってシンプルな理屈で成り立つシステムである(あった)。しかし、厚生年金は、年金官僚や厚生労働官僚のあやしげな天下り先などに流れ込み、その金は湯水のように浪費され続けてきた。厚生年金とは年金加入者のためのものではなく、まるで一部の年金官僚や役人のOBのための「扶養システム」なのである。

岩瀬達哉氏による熱意の力作ドキュメント、『年金大崩壊』(講談社)によれば、厚生年金加入者からほぼ強制的に集めたにも拘わらず、これまでにほしいままに無駄づかいされてきた、なけなしの掛け金は、合計¥9,3684,9089,3909ナリ、だそうだ。自分には桁が多くて分かりにくい。分かりにくいので、千の単位ではなく、万の単位にコンマが付けてある。計算の便宜のために10億の位で四捨五入する。9兆3700億円である。

あまりに巨額なお金なのでピンとこない。計算の便宜のために、仮に年金受給者が一律に月額20万円*受け取れるものとする。年額は240万だ。9兆3700億を240万で割ると、なんと390万人以上の受給者に1年間滞りなく支払うことのできる額なのである。390万人という人口はどれくらいの規模かというと、たとえば巨大なベッドタウンである町田市の人口が40万人だから、あの大きな市の約10個分だ。無駄に失われ浪費された掛け金は、それだけの人口を1年間養うことができた金額なのである。

* 生きていくのに十分ではないが、月額15万(年額180万)なら、520万人分の1年間の支給額に相当する。現在の厚生年金の受給者の数は2032万人だから、その数の大きさが分かるというものだろう。

これは逆に言うと、支払われるべき390万人が、1年間、不当にも支払われない状態であると言うことだ。これだけの詐欺や盗みが官僚たちによって行われている一方で、自殺者の数は年々増え続けている。昨年の自殺者の数は3,4427人だったという。彼らのすべてが、「金がなかったための自殺」だったとは言えないだろうが、彼らはこうした使われるべき所にお金が分配されないための犠牲者であった人もいるはずなのである。こうした盗みは、富める利権保持者ではなくて、年金を必要とする弱者がターゲットになっているのである。

官僚の犯罪は、裁くことが難しい。官僚はどんどん流動していて、責任が一定しない。また、「赤信号みんなで渡れば怖くない」の論理で、自分の弱さ奴隷である各個人がすべて共犯者だから、罪の意識も低い。罪の意識があればまだ良い方で、「必要だと思ってやった」とか「善かれと思ってやった」とか「少しでも良い方向へ努力している」とか「上長にそのようにやるように言われた」とか「その時はそれ以外に仕方がなかった」いう、あらゆる自己欺瞞で自分を良心をはぐらかしているので、質が悪い。つまり、「悪いと思って行えば、償えない罪を犯す」(グルジェフ)という倫理に訴えるロジックが、彼らには通用しないのだ。彼らは、悪いとさえも思っていない。

すなわち、「集団」をわれわれは裁けないでここまできた。だから、顔のある個人の名前を公開し、あらゆる詐欺や盗みに関わった無自覚な官僚のひとりひとりを炙り出す必要があるのだ。いま正に起こりつつある無駄な掛け金の流出を止めるためにも。


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