衒学者の回廊/園丁の言の葉:2004

聖痕異歎

October 22, 2004
 
English version
  

教会が聖と俗の婚姻関係にあるとすれば、教会は聖と俗の間にあるかさぶた(瘡蓋)である。また、瘡蓋は最善のものではなく、これ以上の出血を止めるための便宜でしかないという意味で、教会が瘡蓋であるという象徴は正当化される。

そこには地下水が豊かに流れ
村を守る風も止むことがなかった
そんな村の教会が母と父の婚姻の場所であった
教会は聖と俗の間に出来た結合、水と風の結晶
それは、村を見守るためのそびえる塔となった

このとき、母なる身体の方が聖なる存在であり、血を固まらせる大気が俗なる存在と対置される。一般的に女性原理が肉体存在の無条件的な肯定(俗)を表し、孕ませるための男性原理、そして見えざる外界からの侵入者(息)が、精神存在の側面(聖)を表していたという伝統的な象徴理解とは、ここでは「陰陽」が反転している。しかしきれいな反転は、その正当性をむしろ裏付けるものである。

瘡蓋とは、体内要素と体外要素が結び付いて出来上がった「栓」である。そして体内と体外の双方に触れ合う血の塊である。その内側は湿った体内に面しており、その外側は乾いた大気に面している。皮膚を破られて零れ出た体液は、外界を目指し、大気は、皮膚の裂け目から体内の体液との合一を目指し侵入を図る。聖なる体躯である母を傷付け、血が流れたときにのみ、聖なる血が俗なる大気と触れ合う。それで初めて出来上がったものである。母の出血は悲劇であったが、「止血」は出血があらかじめ前提とされて組み込まれた母の躰の仕組みのひとつである。

血溜まりは、これ以上血が流されることのないように、流れ出した血自体が固まって防波堤のようにせり出して出来上がった、聖と俗の結晶である。それは大気中へ盛り上がって「塔」となった。

瘡蓋は出血がなければ本来不要のものであったという声もある。が、不要を理由にその瘡蓋を引き剥がしてしまえば、更なる出血は避けられない。そして母の皮膚が癒える迄、幾度も同じ地所に血を固めて作った塔が築かれるだけであろう(ここで注目すべきは、長期的にはいずれ母の皮膚は癒えて、瘡蓋はなくなるということである。)

かつて、血で出来たその赤黒い塔は母の一部であったが、もはや母自体ではない。しかし母の体躯を使って建てたものだ。また、俗なる大気との結びつきなしには、その塔がこの「世界」に建つことはなかった。

血で固められたその塔はまた、「日曜日に朝から客を取る」その性向から、密やかな壺を持って「まぐだらノまりあ」としてわれわれに記憶されている一方で、それは「向こう側」から地上の側へと突き出ても、依然、聖なる母の躰の一部を確固として受け継いでいる。そのためにいつも、まぐだらノまりあは母の姿を雛形としており(ということは瓜二つであり)、聖母まりあとまぐだらノまりあは同じ顔をして、必ず「対」となってわれわれの前に顕れるのだ。

われわれは血が結晶して固まった瘡蓋を見て、瘡蓋の建っている聖なる皮膚を見ない。瘡蓋が取れた後の、その地を見ない。われわれは芸術の数々を見るが、それは瘡蓋の構造についてだけである。あるいは「血の結晶」という出来事に目を奪われる。それを可能にする血小板などの「ほとんど見えざる」仕組みの方に、神の摂理を見るだけである。しかし、その「摂理」を成り立たせる血そのものの奇跡、永遠に処女懐胎する母の存在そのものの奇蹟に、われわれはいまだに気付かない。

地上から、もはや必要でなくなり
剥がれ落ちようとしているその瘡蓋に
われわれは「術」を見出すだけ
血を見て、その血の所有者を見ないからである
そして、固まらせる者にもはや畏敬を抱かない
そのくせ、たびたびその洞窟にはのすたるぎあを見出す

始まりも終わりもない女の
始まりも終わりもある子として

女の産んだ一人子が
女の皮膚に刺さる小さな棘(トゲ)にすがって死に
生まれ変わっては、なんども自らの傷から出た娘と
父なし児を近親婚させんがため
母は何度も負傷しても拒まない

やがて、母が自然に癒され
瘡蓋が失われそうになるや
われわれは再び母の肌に杭を打つべく
次なる尖った木片を探し始める
あららっとの山の麓あたりで

もはや地上から必要なくなって剥がれ落ちようとしているその乾いた瘡蓋にだけ、われわれは「芸術」を見出している。


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