衒学者の回廊/園丁の今の言の葉

永遠回帰の刑場

March 18, 2003
 
English version

思い出すのだ。すでに随分時が経つように思えたが、私は十二泊の旅に出たのだった。最後の夜、それはすでに深夜近くだったが、またもや右脇腹の刺すような痛みに目を覚ました。そして下界を見下ろすと、朦朧とした意識の狭間、雲の間に間に見える燦然たる光の砂。思い出すのだ。瞬く無数の光の点は、集合となり、やがて一本の危うい線となった。その瞬く細かな無数の線がクモの巣の中心から拡がり、やがてそれらの無数の線も輝くひとつの塊となる。その塊も遥か彼方の私の特等席からは、ひとつの輝く点のようにしか見えない。しかし目を凝らせば、ある「ひとつの場所」から枝のように拡がる一本一本の延長線の先端に、光の触手が、風に揺れる木の葉のように張り付いて瞬いていた。思えばこの六日間、天にも近いこの地で、このような不自由を強いられたのも、この光の瞬きと伝搬をしっかりと見届けるためだったはずだ。燃えさかる巨大な松明に危険を賭して近づき、その小さな金の小枝に灯した炎を、枯れ草の玉に移し、麓へと蹴り落としたのは、それまでの退屈に耐えられなかったからに他ならない。

今ではほとんど燃えさしとすら呼ぶことのできない小さなその枯れ草の玉は、麓で長いことだれからも気付かれることもなく、のんびりと燻っていた。しかし、私がこの地に赴いて四日の後にはひとつの明瞭な炎にまで成長したのを知っていた。それからの伝搬は全く以て瞬く間、の出来事とさえ言えたのだ。

枝の先端の光が十分なほどの広がりを見せ、それぞれの光の塊がつながり、光の扇になって、私を囲む壮大なパノラマが、私の視野より広大に拡がった。私のいる場所だけが、火のない唯一の場所となった。しかし、それはあたかも炉に掛けられた空焼きの鍋のように、やがては私を責めさいなむ焦熱の刑場となるのだ。

十二日目の今夜。目を覚ますと、私を焼き尽くすための刑場が徐々に、しかし確実に出来上がるのを見た。思えば、七日目に私がある重要な犯罪に成功し、捕らえられ、その日のうちに刑罰が決定されたのだった。私は、それが死罪ではないことを密かに喜んだのだった。八日目も私への刑罰とは無関係に、拡がりつつあった炎の一部は、九日目には、石でできたサイロの中に恭しく保存されるものもあった。炎を閉じこめたそうしたサイロの回りは、「灯台もと暗し」よろしく、漆黒の闇が取り巻いており、見えないものが蠢いている。十日目には私自身がおこなった如く、そのサイロから次々にその明かりを盗み出し、暗い町を照らそうとする向こう見ずな若者が現れるのを見た。手に負えるはずのない光の洪水を引き起こそうとした罪で、火の柱に縛れる者達を、私は高見から見物した。叫び、私の名前を呼びながら自身が松明のように燃える。それは私への捧げ物とされた。松明となった彼らが、やがて聖人と呼ばれるようになる翌十一日には、炎の勢いは誰にも止められないほどのものとなったはずである。

十二日目の朝、それは今朝のことであるが、火を使って炎の強さを制御するという奇跡の体系が生み出された。その体系は火を使って火を消す方法を含むのである。我こそが神の子であると自称する者さえ出た。その危うい炎の体系が複雑さに耐えきれず崩壊するとき、すべての輝く枝の先端の炎は、ひとつの塊と化す。私は炎熱に包まれ、光の中心で焼かれ、その光と一体となった。

そのとき黒い鳥が羽根を一杯に撃ち拡げ、煙とともに天に昇るのを夢心地に見た。しかし私の意識も地上から遠のき、記憶は失われた。どれだけの時が経っただろう。再び灰にまみれた地上を裸足で呆然と降り立つ自分を発見するのだ。記憶を取り戻そうと焦燥に駆られながら、地上の焦げ痕を辿る。

以前にも見たような気のするその灰色の地上の下に、裸足の私は、すでに暖かい生命の営みを感じた。あるいはそのぬくもりは灰のぬくもりであったかも知れなかった。私自身の名前を取り戻すべく、五日間の不毛な捜索の後に、疲労を癒そうと思ったのだ。私は端正に積もった灰の痕が何を形作る物なのか、興味を抱いた。見上げると、そこにはこの灰まみれの世界の全体をすべて鳥瞰できる山があった。羽を休めて自らのくちばしを胸の中に納めたようなそんなシルエットを持つ黒い山。麓には私をかたどった金色の像が灰にまみれて埋もれているのを見つけた。そして、その像の右手に握られているそれが山肌に生い茂る木々の枝であることを知った。私はその枝を手に入れるために、六日目の夜、山を目指したのだった。そして、疲れを癒すために私は山頂で横になった。

思い出すのだ。すでに随分時が経つように思えたが、私は十二泊の旅に出たのだった。最後の夜、それはすでに深夜近くだったが、またもや右脇腹の刺すような痛みに目を覚ました。


(3月15日のパフォーマンスで朗読したテクストのひとつ。March 7-13, 2003)


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